10月26日 頭を使う、ってなんだ?

 頭を使うってなんだろう。どういうことなんだろう。使っているのに使っているのに、全然使えていない。急に1兆円手にした人の暮らしみたい。思いつく限りの欲望の実現が全て終わったときの、己のスケールの小ささに少しがっかりするような感じ(それでもいいから1兆円ほしいけど)。

 

 「頭使えよ」「自分で考えろよ」としょっちゅう言われている人が世の中には一定数いるだろう(言う側が正しいとは限らないけれど)。で、そのうちの数パーセントは本当に頭を使っていないと思う。怒られれば済む問題なら怒られておこう、って人は少なからずいる。

 だけど、ほとんどの人は頭を使っている。自分なりに考えている。だから「頭を使え」と言われると腹が立つ。心のなかで「ちゃんと使ってるわ、馬鹿」と反論をする。そして「じゃあもうあんたがやれよ」とも思う。

 

 頭を使えと言われるのは求められる答えを出せていないからだ。それは考えが足りないってことかもしれないし、そんな入り口で見つかるような答えじゃないんだけどって意味かもしれない。頭を使ってほしいところに使ってないのかもしれない。

 凝りをほぐしてとは言ったけど、私が言っていたのは肩なんですけど。いきなりふくらはぎってありえないでしょ。主語がなくたって腕回しながら「最近凝りが酷くて…」って言ったら普通肩だと思うよね?

 

 菊池さん(もちろん仮名)という(僕よりも)おじさんのバイトを見ていると、時々、頭使ってよって思う。時間を見て、次はあれをしよう、そのあとはこれをしよう、って考えを巡らせているのはわかるんだけど、どうやら作業そのものに対しては頭を使っていない。順番だけしっかり考えて作業そのものはいつも通り低クオリティ。

 たぶんだけど、僕が菊池さんにちゃんと頭使ってやってくださいよと言ったら、「ちゃんと頭使ってやっていますよ」と真っ直ぐに目を見て言ってくる。事実菊池さんはちゃんと頭を使っている。順番についてしっかり考えている。

 僕が望んでいることは質について頭を使ってもらうことだけど、それを菊池さんに伝えていない。もちろん暗黙のままに共有できる見込みはない。

 

 あとはなんだろう。この人頭使ってないなーって思うのは。

 

 ずっと堂々巡りなのに「時間を掛けたからしっかり頭を使っていた」ってことにしているパターンだろうか。考えていた時間が惜しいから、ずーっと同じことを考えていただけなのに、その時間には十分な価値があった、ということにしているパターン。

 費やした時間がながいからちゃんと頭を使ったよ、って人は多いかもな(ノーエビデンス)。同じ角度・同じ法則の思考を延々と繰り返しただけってことには目を向けない。だけど費やした時間の長さを根拠に「ちゃんと頭を使いましたけどね」って堂々としていられる。

 

 てことはあれだ。頭を使えって指示する側が「違う角度で考えろ」とか「これについて考えろ」とかって具体的に言わなくちゃ意味がないんだろうな。ちゃんと考えてるし十分に時間も掛けているし…で逃げられないように、「ここのルートをこう進みなさい」って。

 あなたの慣れ親しんだ考え方、得意な考え方から導き出される答えに私が求めているものは含まれていないと伝える必要すらあるのかも。

 行き止まりなのにずっとその方向に進もうとしているゲームキャラクターみたいな状況の人には「方向を変えたほうがいいよ」って早めに伝えてあげなきゃいけないんだろうな。そうしないと指示する側の「頭を使え」のニュアンスは伝わらないまま時間だけが費やされてしまう。

 壁に向かって直進のコマンドを入力し続けていたって、費やした時間の蓄積はプレイヤーが堂々と反論をする根拠になってしまうのだ。