10月28日 火事場で焼け焦げるタイプ

 だらだらと、だらだらだらと寝てしまった。トータル10時間。寝たくて寝たくて、ずどん、の10時間ではない。6時間後にセットしておいたアラームをちゃんと停止させて、そっからのだら寝。

 だらだらだらだら、だら。意識が戻ってくるたびにそろそろ起きなくてはいけないと思い、そう思いながらも結局は起き上がることを選ばずに再び眠りの世界に引き返す。だらだらだら、だらだらだらだら。そうやって10時間。

 

 だらだらとしている人は出世しない(イメージ)。出世する人はきびきびとしている(同じく)。だらしなく眠り続ける自分と自分の置かれている状況を合わせると、本当にそうなんじゃないか、と思った。

 出世しない人は少なくとも仕事上はだらだらしている。手を抜いているってことではなくて、取り組み方がだらだらしている。きびきびとしていない。

 さっさと片付けて残った時間をさぼる、というやり方を選ばない。さぼって、くつろいで、残りの時間が少なくなってから焦る。このやり方の差が一生の差に繋がっていくのだろう。

 

 きびきびしていても出世しそうにない人はいる。はっきりと頭に思い浮かぶ人が一人いる。あの人は、きびきびとしていることをいいことだと思っている。きびきびと仕事をこなすことで生み出される何かに対してではなく、きびきびと動くことそのものに価値を見出している。汗をかくのって気持ちいいよね、みたいな感覚。アンチだらだらマン。

 あの人を見ていると、きびきびとすることに価値があるというよりも、だらだらとしないことにこそ価値があると思えてくる。

 きびきびしたとて…。うーん。

 だらだらしてっからお前は…。うん、こっちのほうが自分の中で納得感を得られる。

 

 だらだらしないことの一番のメリットは「まだまだ余裕あるし」と思わなくていいことだ。これは個人の性質によるところが大きいけれど、僕のような怠惰な人間にとっては頭の中に置いておかないほうがいい考えだ。

 最初にある余裕と途中で作った余裕をまんまと消費しておいて最後に焦るのが僕のような人間の特徴だ。計画性のない生徒の夏休みの宿題パターンそのもの。

 

 学生時代の僕はだらだら型の火事場で焼け焦げるタイプだった(性質は今でも変わらないが…)。最後の最後、驚異的な集中力で全てを完成させられるタイプではなかった。

 僕は最終日になって焦って取り掛かるタイプだったけど、最大出力値は限界突破をしなかった。通常通りの出力範囲のフルパワーで取り掛かって、それすらも長時間は続かない。エネルギーが切れたあとの僕が頑張ることといえば、いかにおっちょこよいのふりをするか、この一点に限られた。めくったときにページがくっついていて丸々飛ばしちゃったふりとか、証明問題はどの辺まで書き込めばここまでしかわからなかったふりができるのかとか、そんなことにばかり頭を使っていた。

 

 やることを全部やってからさぼる。たくさんサボりたいからとっとと終わらせる。それが出来たらどれだけいいだろう。サボれるだけサボって最後に間に合わせる場合と同じ仕事量とサボり量になったとしても、そっちのほうが質は高くなる(たぶん)。

 迫りくる期限に焦っている状態でいい仕事が出来るだろうか?そう思うんだとしたらトップアスリートのメンタリティに悪い意味で影響を受けちゃってるよ。凡人が考えるべきことは、いかに追い詰められないか、ってことなんだから。

 申し訳程度にしか有していないその能力を存分に発揮させようと思ったら、やるべきは余裕を持って取り組める状態を常に作ることだ。そういうことを全然理解してないから余裕を「消費する」対象として捉えてしまうんですよ。わかります?

 

 自分の顔写真を貼った藁人形に釘を打ち付けるような話になってしまったけれど(そういうつもりで書いていたわけじゃないんだけど、結果的に…)、本当そうだよな。

 余裕を消費する対象にしていたらいつまでたってもだらだら型の火事場で焼け焦げるタイプのままだ。だらだらしないためには、小さく早く、これの徹底なんだろうな。掃除みたいなもの?毎日やってればさっと拭き取るだけで済むのにね。

 どんなことでも結局は塵積なんだろうな。