11月11日 1年振りにメールを受信しました 2

 僕の予想は外れた。カズアキからの連絡は結婚の報告だった。しかも、一斉送信のメールではなく個別に届いたメールだ。まぁ普通に考えて結婚の報告を一斉送信と分かる形では送らないだろうけど(文面は使い回しだとしても)。報告してくれたこと、それ自体に驚いてしまうのは僕とカズアキとの関わりが中学卒業以降ほとんど消滅していたからだ。

 中学を卒業してからの10年(11年?)の間に僕とカズアキとの接点はほとんどなかった。この間に顔を合わせたのは2回だけ…かな。高校を卒業した直後に草野球に誘われたのが1回目で、成人式が2回目。で、この2回すらたくさん会話をしたわけじゃない。もちろんこれ以外になにか連絡をとったということもない。

 自分で言うことじゃないけど、「結婚の報告をする人リスト」に僕の名前を含む理由なんて存在していない。祝儀目的の詐欺まがいの報告ならまだしも、純粋な報告をするような相手として僕を選ぶだろうか。ましてや結婚式への参加の可否を聞いてくれるだなんて、嬉しいけれど戸惑ってしまう。圧勝したときの自民党の比例名簿じゃあるまいし、こんな下位記載の人まで当選しますか?

 

 田舎特有の厄介なアレだろうか…。まず頭をよぎるのはそんな理由だ。

 ヤスノリのことは誘ったけどいわにしのことは誘わなかった、なんてことがバレてしまったら(ちょっとどころではない)気まずさが発生する可能性がある。「同じ地区で育った3人しかいない同級生の、そのうち一人は誘ったのにもう一人は誘わなかったの?」みたいなやつ。

 当人同士からしたら「そんなもんだろ」って感じだけど親同士が見ていたのは3人1口みたいな姿(主に小学生の頃まで)だから、わざわざ口にしないまでも「え、なんでうちの子は…」となりかねない(それがあるとしたら僕ってのが悲しいとこではあるけれど)。町内の会合で顔を合わせたときに妙なピリピリが生まれる可能性は十分に考えられる。

 そう考えると今回のメールはあくまでも建前上送ったメールであって、「いわにし、真に受けないでくれよ。そういうメールじゃないからな。察してくれよ」的なものかもしれないという気持ちになってくる。「誘ってみたんだけど予定が合わなかったみたいでね…」そういう結果を望んでいるのではないだろうか。

 

 せっかくの厚意を素直に受け取れない理由は、中学卒業後の接点の少なさに加えてメールの文面にもあった。メールには結婚報告・式の日程が書かれていて、ありがたいことに「いわにしには声をかけておきたかった。仕事の関係もあるだろうから、無理でもいいから連絡ください」ということも書かれていた。

 

 このありがたいメールのどこに引っかかったかわかりますか?そうなんですよ、「出席できますか?」とは書いてないんですよね。

 

 「無理でもいいから連絡ください」というのはどういうことだろう。どういうことっていうか、招待されているんだと思うんだけど、このメールは素直に招待されていると解釈してもいいのだろうか。悩む。「出席できますか?」じゃないからなぁ…。

 ちょっと前にバイトの先輩に教えてもらったテクニックが頭をよぎる。

 

 いわにし君さ、お客さんに「冷たいものは袋を分けますか?」って聞くじゃん。そうすると大抵のお客さんは「じゃあそれでお願いします」って言うでしょ。そしたら袋が2枚必要になるわけじゃんか。でもね、それだったら「冷たいものもまとめていいですか?」って聞いたほうがいいのよ。人ってさ、特別なこだわりがない場合は相手から提示されたものに対して「じゃあそれで」って言っちゃう生き物なのよ。袋分けるよりまとめるほうがこっちも楽だし、備品も金払って仕入れてるからさ、節約できるぶんは節約したほうがいいと思うんだよね。

 

 「ごめん、仕事休めそうにないかも…」これぐらいの返信を期待しているのだろうか。どうなんだろう。真に受けないほうがいい?でも僕が地元にとどまっていて招待しないのとはわけが違うからなぁ。地元にいて誘わないなら会合で顔を合わせた親同士がぴりっぴりになっても仕方がないけど、地元を離れているからなぁ。わざわざ連絡をくれるってことを素直に受け取っていいのかな。うーん…。

 「出席できますか?」って書き方をしちゃうと出席されそうじゃん、カズアキ側で想像してみると。「出席できますか?」って聞かれて「ごめん、無理」って言うのは言う方にも辛いものがあるし。「無理でもいいから連絡ください」だとさっきよりは「無理」って言ってもらえそうじゃん。でもカズアキの性格を考えたら「無理でもいいから連絡ください」は断る側が断りやすいようにって気遣いとも取れるんだよな。参加でも不参加でも言いづらくないようにって気遣い。

 というか、ぐだぐだ書いているけれど、気づいているんだよね。自分の気持ちにとっくに気づいている。参加したい。

 

 春になれば僕はもう26歳だ(早生まれ)。中学を卒業して11年。高校を卒業して8年。かつて地元の友だちだった僕を結婚式に招待してくれる人が一体何人いるだろうか。結婚式どころか同窓会の誘いだって食事の誘いだってこの先あるかわからない。

 だって、そうでしょ。付き合いの続いている友人と、仕事関係の人と、親族と、あとは恋人やら趣味の仲間やらそれくらいの関わりがあればもう十分だもの。わざわざホコリを被った蓋を開けて、箱の中にある表紙が少し傷んだ卒業アルバムを取り出すようにして「こんなやつもいたな」なんて思い出に浸ること、さすがにもうしないでしょ?僕を誘うってそれくらいのことだと思う。

 なんなら今あるいくつかの人間関係の、それらの全ての外側にいる僕をわざわざ誘うことって、誘う側にも結構なエネルギーが必要な行為かもしれない。

 

 最初で最後かもしれないと思ったら、自分の気持ちに正直になってしまう決心がついた。返信を作成する。「お邪魔でなければ参加したい」

 真に受けちゃいました…のテヘペロ

 最悪立ち見でもいいから、会場内には入れてくれー。